新商品を開発する際には消費者ニーズを的確に捉える必要があります。
そうしなければ大量の在庫の山を抱えることになりますし、「あの会社はダサい商品を出す」というイメージを持たれてブランド価値も毀損されます。
とはいえ、経営者も商品企画の担当者も消費者ニーズを外すことが珍しくありません。
また、マーケターが消費者の心に全く響かないプロモーションを行ってしまうこともあります。
このような事態を起こす原因の一つは「商品に対する思い」です。
この思いが消費者ニーズの判断を鈍らせます。さらにその影響を排除しようと思うほどにドロ沼にハマってしまうこともあります。
「フォールス・コンセンサス効果」と消費者ニーズ
人間というのは無意識のうちに「自分がこう思うのだから、他の皆も同じように思うだろう」という期待を持ちます。
このように自分の意見は大勢と同じはずと思い込むバイアスを「フォールス・コンセンサス効果(偽の合意効果)」といいます。
自分の好きな食べ物を「他の人も好きだろう」と考えるのもこの効果です。
このフォールス・コンセンサス効果によって、自分の好みを消費者にも投影してしまい、ニーズが読めなくなるのです。
また、商品を開発していくうちに思い入れが強まり、「こんなに良い商品なのだから消費者も欲しがるに違いない」と勘違いが大きくなることもあります。
☑︎トレンド予測の方法。流行る映画とレストランの見分け方にヒントあり
多くの担当者が自分の嗜好の影響を排除するよう意識している
実は企画担当者やマーケターの多くは言葉を知らなくとも、フォールス・コンセンサス効果を意識しています。
自分の好みの影響を受けて判断しないようにと意識しているのです。
それでも消費者ニーズを読み間違えることがあります。
これには少し複雑なメカニズムが関係しています。
商品の好みに対する「確信度」と消費者ニーズの予測精度
WHUオットー・バイスハイム経営大学のヴァルター・ヘルツォーク教授らが、マーケティング担当者が消費者ニーズをどのように判断するのか調べた実験があります。
この実験では担当者の「確信度」に着目しています。
ここで言う「確信度」とは自身の嗜好についてどれだけ強く確かな信念を持っているかを指します。
確信度が高い場合、「この製品は絶対にいい」と信じているということです。逆に、確信度が低い場合は、「まあまあ良いのかな」と感じていて、その考えが変わる可能性もあるということです。
このようなケースでは確信度が高いときほど、「消費者も良いと思うに違いない」と考えて、消費者ニーズを読み間違えやすくなります。
しかし、場合によっては逆になります。確信度の高いときのほうが消費者ニーズを正しく読めることがあるのです。
確信度が低いときは好みを抑制すると消費者ニーズが読めなくなる
さきほど、担当者の多くはフォールス・コンセンサス効果を意識して、自分の好みの影響を受けて判断しないようにしていると説明しました。
実はこのように自分の好みを制御しよとする意識が逆効果となってしまうことがあるのです。
実験では、確信度が高いときに自分の好みを制御すると、フォールス・コンセンサス効果の影響が排除され、消費者ニーズを正しく読めるようになることが分かっています。
確信度が高い時は「これは自分の好みであって、消費者の気持ちとは違うかもしれない」と意識しやすいからです。
一方で確信度が低いときに好みを制御しようとすると、消費者ニーズを正しく読めなくなることが分かったのです。
確信度が低い状況では自分の好みを抑えようとすればするほど影響を受けてしまう「Ironic Monitoring Process(※1)」という現象が発生することが要因と考えられます。
自分の好みの影響を受けているのか、客観的な評価をしているのかが曖昧になり、混乱してしまうのです。
(※1 考えないようにすればするほど頭から離れなくなる現象を「皮肉過程理論(英:Ironic process theory)」と言いますが、それと同じようなものです。日本語にするなら「皮肉監視過程」とでもいったところです)
確信度の低い状況で影響を排除する方法
確信度の低い状況でフォールス・コンセンサス効果の影響を排除するにはどうすれば良いのでしょうか?
今回の実験では「自身の嗜好が消費者ニーズの予測に影響を与えているかを把握するのが困難な場合には制御することを諦めてください」という指示を出したパターンも実行しています。
その結果、フォールス・コンセンサス効果が発生せず、消費者ニーズの予測に悪影響を及ぼさないことが確認されました。
つまり、無理に自分の好みを抑制しようとしないことで、正しく判断できるようになるということです。
消費者ニーズを予測する際にはまず自分の確信度を意識してみることが大切そうです。
参考文献:Walter Herzog, Johannes D, et al. (2021). Marketers Project Their Personal Preferences onto Consumers: Overcoming the Threat of Egocentric Decision Making.