近年、企業の成長戦略としてM&A(合併・買収)は有力な選択肢の一つとなっています。
大企業に限らず中小企業においても他社を買収することで成長を加速させています。
このM&AにおいてCFO(最高財務責任者)またはそれに準ずるポジションの幹部の重要度が増しています。
特に買収側に立ったとき、相手企業は買う価値があるのか?いくらが妥当なのか?という専門的な判断が求められます。
常に自社にとって有利な選択を求められるCFOですが、時に不利な判断をすることがあります。
それは自分自身のキャリアパスを意識したときです。
M&Aに携わった経験はCFOとしての評価を高める
CFOは組織の人間であると同時に、労働市場からの評価を受ける一人のプロフェッショナルでもあります。
少しでも良いキャリアパスを描けるようにアピールできる実績が欲しいと思うのは自然なことです。
M&Aの戦略的な意思決定に携わった経験は高く評価されますからCFOとしては、得ておきたい実績です。
このような実績に対する欲求はCFOとしてのキャリアの初期と、次期CEO(最高経営責任者)の椅子や、他社からのヘッドハンティングが見えてくるキャリアの後期に強まるとされています。
つまりこの時期は積極的にM&Aをしたいという欲求が強くなりますから、リスクが高かったり、リターンの見込めない案件でも「買収すべき」という判断をしがちになるのです。
S&P500企業のM&Aデータの分析結果
CFO自身のキャリア上の利益追求がM&Aの意思決定に干渉することは、フローニンゲン大学のセバスチャン・ファーク博士らの調査でも判明しています。
この調査では金融業を除くS&P500の企業が2005年から2018年に行った3,151件のM&Aデータを使用し、キャリアの初期と後期にあるCFOがM&Aのリターンに及ぼす影響を分析しています。
この分析からCFOのキャリア段階がM&Aのリターンに与える影響は逆U字型となることが分かりました。
具体的には、キャリアの初期および後期にあるCFOが関与したM&Aのリターンは低く、中期にあるCFOが関与したM&Aはリターンが最大化される傾向がありました。
M&Aに失敗してもCFOのキャリアを傷つかない
この調査では実際のM&Aの経験がCFOのキャリアパスに有利に働いているのかも確認しています。
その結果、M&Aの経験が豊富なCFOは昇進や報酬の増加、新たな役員ポジションの獲得可能性が高いことが分かりました。
また、関与したM&Aのリターンがマイナスであっても、それが軽微であれば経験として捉えられ、プラスの評価を受けることも分かりました。
極端なマイナスリターンでない限りはM&Aに失敗しても、CFOのキャリアは傷つかないのです。
☑M&Aを従業員に説明するとき「心理的契約」に注意して話さないと失敗する
経営者にできること
CFOがキャリアのためにリスクの高いM&Aを推進する度合いには、CEOからの委任度も影響していました。
つまり、CEOに財務に関する専門的な知識がなく、CFOに頼り切りになっているほど、CFOは自分のキャリアのためのM&Aに手を出す可能性が高まるということです。
一方で、CFOが高い評価を受けるポジションにあり、長期的なインセンティブなどが約束されている場合には、CFOの「キャリアを積みたい」という動機が抑制され、M&Aのリターンへの悪影響が緩和されることが確認されました。
外部からの監視が強い場合にもハイリスクなM&Aには手を出しにくくなります。
以上のことから、経営者には自分自身で財務を理解することと、CFOのモチベーションとキャリア志向を見極めることが求められます。
また、CFOがCEOに対して正当なリスク評価を提言する姿勢を評価し、推奨する企業文化の形成も重要となります。
参考文献:Sebastian Firk, Yannik Gehrke, et al. (2023). CFO Career Concerns and Strategic Decisions: An Empirical Analysis of M&As.