スーパーマーケットや百貨店の店内にはデジタルサイネージやポップが設置されています。
それらの中には特売情報や割引の案内など、お得な情報を伝えるものもあれば、レシピやアイデアを提供するものもあります。
こうした情報は私たちの購買行動に大きな影響を与えます。
例えば、目にしたレシピがきっかけで、その料理を作るための材料をすべて購入することもあるでしょう。
逆に、「今日の特売品はこれだ!」と告げられると、その商品だけを購入して他の買い物は控える場合もあります。
このように、店内で提供される情報には、私たちの消費行動を変化させる力があるのです。
では割引情報を提示した場合と、料理レシピなどの提案型の情報を提示した場合では、どちらが消費者により大きな影響を与えるのでしょうか。
「インスピレーションを与える情報」vs.「割引を提示する情報」
バブソン大学のドリュフ・グレワル博士らが、「インスピレーションを与える情報」と「割引を提示する情報」の効果を比較しています。
前者は、レシピやホームデコレーションのアイデアなど、購入後の具体的な利用シーンを想起させるようなものです。
後者は値引きや特典の情報で、金銭的なメリットを強調するものです。
インスピレーションが総支出額を増加させる
この研究では、実験室や実際の店舗、さらには目の動きを追跡する技術(アイトラッキング技術)を使って、消費者がどのようにこれらの情報に反応するかを調べました。
その結果、インスピレーションを与える情報が、総支出額の増加に寄与する可能性があることが分かりました。
つまり、消費者が新しいアイデアや目標を達成するための道筋を見出すことで、予定していなかった商品まで購入する傾向があるのです。
レシピを提供すると関連する材料を余分に買う
例えば、ある実験では、オンラインショッピングのシミュレーションを使い、参加者にインスピレーションを与えるレシピや特売情報を提示しました。
その後、参加者が選んだ商品の合計金額を比較したところ、インスピレーションを与える情報を見たグループの方が多くの金額を消費していたのです。
これは、レシピが購買行動を刺激し、関連する材料や代替商品まで購入させた結果と考えられます。
実店舗での効果
また、店舗での実験でも同様の結果が確認されました。
店内に設置されたディスプレイでレシピを表示した際、消費者はそのレシピに関連する商品のみならず、それ以外の商品も購入する傾向が見られました。
これに対して、特売情報を表示した場合は、特売対象の商品だけが目立って購入されるという結果が出ました。
なぜインスピレーションを与える情報が効果的なのか?
なぜこのような結果となったのでしょうか?
それはインスピレーションを与える情報が、消費者に具体的な目標を思い描かせたからと考えられます。
その目標を達成したいという動機が必要な商品を購入させたのです。
一方で、特売情報は目先の価格に焦点を当てるため、消費者の目標達成を促進する効果は限定的になってしまった可能性が高いです。
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買い物リストを作成している消費者には効果が弱い
さらに、この研究では、インスピレーションを与える情報が消費者の購買行動に与える影響をさらに詳しく分析しています。その中で、いくつかの重要な発見がありました。
まず、消費者がすでに具体的な目標や計画を持っている場合、インスピレーションを与える情報の効果は限定的となることが分かりました。
例えば、買い物リストを作成して特定の商品を購入する計画がある場合、その計画を超えた購買行動を促すのは難しいのです。
一方で、明確な目標を持たずに買い物に訪れる消費者にとっては、インスピレーションを与える情報が新しい購買行動を引き出す強力なトリガーとなります。
2つの情報を同時に提示すると効果が打ち消される
次に、割引情報とインスピレーションを与える情報を同時に提示した場合、効果が打ち消されることも観察されました。
これは、特売の強調が消費者の注意を価格面に集中させ、インスピレーションによる創造的な思考を妨げるためと考えられます。
そのため、店舗でのコミュニケーション戦略としては、これらの情報を明確に分けて提示することが重要です。
インスピレーションを与える情報のほうが注目されやすい
また、目の追跡データを用いた研究では、インスピレーションを与える情報が視覚的にも注目を集めやすいことが示されました。
消費者は、価格情報よりもレシピや製品活用の提案に目を留める時間が長い傾向があります。
これにより、インスピレーションを与える情報が消費者の注意を引きつけ、購買行動に結びつきやすいことが裏付けられました。
インスピレーションを与えて価格競争から脱却する
以上の研究結果を踏まえると、店舗やブランドにとって、単に割引を提供するだけでなく、消費者の心を動かすインスピレーションを提供することがいかに重要であるかが分かると思います。
例えば、日用品を扱うスーパーマーケットであれば、レシピカードや料理動画を活用し、消費者に新しいアイデアを提案する仕掛けを取り入れることで、売上向上と顧客満足度の両方を達成できる可能性があります。
家具屋であればIKEAのように、実物をディスプレイして組み合わせを提案することで購入点数を増やせるでしょうし、洋服屋であればH&Mのように、アプリを通じて洋服のコーディネート例を見せることで、複数の商品購入を促進することが可能となります。
自社がターゲットとする消費者の行動を深く理解し、その心理に寄り添った情報を提供することで、単なる価格競争から脱却しましょう。
参考文献:Grewal, D., Ahlbom, C.-P., Noble, S. M., Shankar, V., Narang, U., & Nordfält, J. (2023). The Impact of In-Store Inspirational (vs. Deal-Oriented) Communication on Spending: The Importance of Activating Consumption Goal Completion.