ガラスの崖が存在する理由の研究。なぜ危機的状況で女性がトップに立たされるのか?

組織が危機的な状況のときほど、女性がリーダーに選ばれやすくなる傾向を「ガラスの崖」といいます。

本当にこのような傾向があるのかについては、肯定するデータも否定するデータもあります。

しかし、組織内で女性をシグナルとして利用したいという空気が醸成されたときには、ガラスの崖が存在するようです。

ガラスの崖とは

ガラスの崖についてもう少し詳しく説明しましょう。

「ガラスの崖(glass cliff)」とは危機的状況や失敗のリスクが高い時ほど、女性がトップや幹部に選ばれやすくなる現象のことです。(※1)

例えば企業が経営不振や不祥事によって、破産したり業績が落ち込みそうな状況がこれに該当します。このようなとき、女性がCEO(最高経営責任者)やマネジメント層に選ばれやすくなるということです。

「ガラスの崖」という言葉を提唱したのはエクセター大学のミシェル・ライアン教授とアレックス・ハスラム教授です。

教授らがロンドン証券取引所に上場する時価総額上位100社のデータを分析したところ、女性が役員に任命された企業は、任命前の数ヶ月間に株価が低迷している傾向が見られたのです。特に市場全体が低迷している期間において、この傾向が顕著でした。

女性が役員になったから株価が低迷したのではなく、株価が低迷しているときに女性が役員に任命されやすかったのです。

教授らは、このような失敗する可能性の高い立場を、脆くて壊れやすいけれど見えにくいのでその危険を認識しにくい「ガラスの崖」と命名したのです。

女性やマイノリティのキャリア進展を阻む目に見えない障壁を「ガラスの天井」と呼びますが、それに倣って名付けられました。

(※1 女性だけではなく、マイノリティが選ばれやすくなることを含む場合もあります)

ガラスの崖が発生する理由

ガラスの崖がなぜ起こるのかという理由については様々なことがいわれています。

まず一つとして、危機を乗り切るために変革が求められたとき、従来の「男性」という属性と異なる「女性」を選ぶことで、新しい視点を取り入れようとする力が働くというものです。

また、「女性は共感力や協調性、柔軟性が高い」というステレオタイプが、困難な状況の緊張を和らげてくれるという期待につながることで、リーダーに推挙されやすくなる可能性もいわれています。

他の理由としては、既存の権力層が地位を守ろうとする防御的な態度が挙げられます。

例えば、企業の経営危機において、既存の男性主導の経営陣が「これまでのやり方が間違っていた」と認めたくない場合、新しいリーダーにその責任を転嫁するために、女性を選ぶといったケースです。スケープゴートにされるということです。

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ガラスの崖は存在するのか?しないのか?

ヤフーがグーグルに大幅な市場シェアを奪われた後にマリッサ・メイヤーがCEOに任命されたことや、X(旧Twitter)が広告主の撤退やユーザーの不満が爆発した時期にリンダ・ヤッカリーノがCEOに任命されたことが「ガラスの崖」の例とされることがあります。

こうして見ると、現実の世界でガラスの崖が発生しているように見えます。

しかし、個別の事例を超えた証拠は一貫しておらず、研究ではガラスの崖の存在を支持する証拠と矛盾する証拠の両方が報告されています。

ジョン・M・ハンツマン経営大学院のアリソン・クック博士らが、フォーチュン500の過去15年の経営トップの人事を分析した調査では、白人女性と有色人種は白人男性よりも業績の低い企業のCEOに昇進する可能性が高いという結果になっています。

一方で、EBS経済法科大学のミリアム・N・ベヒトルト教授らが、ドイツとイギリスの233の大手上場企業の業績データを分析した調査では、女性役員の任命前の企業業績が男性が任命される企業よりも劣るという証拠は見つからなかったという結果になっています。

女性はいつガラスの崖に置かれるのか?

存在するのかしないのかハッキリしない「ガラスの崖」ですが、特定の条件の元では女性がリーダーに選ばれやすいことが分かりました。

それは危機に陥った企業が「変化のシグナル」として女性を利用したいときです。

女性がガラスの崖に置かれる3つの条件

ルートヴィヒ・マクシミリアン大学のマックス・ラインヴァルト博士らが、2000年から2016年の間における米国企業3,883社、26,156件の幹部交代(CEO,CFO,COO,議長)を分析したデータがあります。

この分析では「Altman Z スコア」という財務の健全性を示す指標を用いています。このスコアが1.81未満の企業は倒産確率が高いとされています。

各企業の幹部人事を確認したところ、「Altman Z スコア」が1.81未満の危機的な企業ほど、女性が選ばれやすい傾向がありました。

さらに詳しく見ると、危機的な企業の中で、以下の3つの条件を満たす企業が女性を幹部に選びがちなことが判明しました。

  • 既存の女性幹部がいない
  • 内部昇格によって女性幹部を選任
  • 投資家からの注目度が高い(※2)

※2【投資家からの注目度の測定方法】
投資家からの注目度はティッカーシンボル(日本でいうところの証券コード)がGoogleでどれだけ検索されているかで測定しています。例えばアマゾンのティッカーシンボルは「AMZN」ですが、この単語が数多く検索されていれば、それだけ投資対象としての注目度が高いということです。

会社の変化をアピールするシグナルとして女性を使う

危機的状況の企業が女性を幹部に登用するとき上記3つの条件が揃っていることは何を意味するのでしょうか?

それは社内に「会社の変化をアピールするシグナルとして女性を利用したい」という空気があるということです。

投資家からの注目度が高いということは、それだけプレッシャーも強いということです。なので危機的状況を打開するための明確な対策を打ち出す必要があります。

その分かりやすい策として、女性を登用し、「私たちは変わりましたよ」とアピールするのです。

実際に、女性を役員に任命した危機的状況の企業は、プレスリリースにおいて、「変化」を強調する言語が多く使用することも分かっています。男性を任命した危機的な企業ではこの傾向は見られませんでした。

要するに「状況打開のために何かしてますよ」というアピールのための安易な方法として女性を選びたい既存勢力が多い企業では、女性がガラスの崖に置かれる可能性が高いということです。

ちなみにこのような状況で幹部就任を打診された女性はプレッシャーや責任感から、引き受けてしまいがちという研究もあります。しかし、それは非常にリスクの高い選択ですから、気を付けましょう。

「女性の活躍を推進しよう」にうんざりの本人たち

<参考文献>
・Michelle K. Ryan and S. Alexander Haslam. (2005). The Glass Cliff: Evidence that Women are Over-Represented in Precarious Leadership Positions.
・Alison Cook, Christy Glass. (2013). Above the glass ceiling: When are women and racial/ethnic minorities promoted to CEO?
・Myriam N. Bechtoldta, Christina E. Bannierb, Björn Rock. (2019). The glass cliff myth? – Evidence from Germany and the U.K.
・Max Reinwald, Johannes Zaia, Florian Kunze. (2023). Shine Bright Like a Diamond: When Signaling Creates Glass Cliffs for Female Executives.