言うまでもないことですが、研究開発(R&D)の成果を正しく評価しなければ儲けのチャンスを失います。
それも市場を独占できたかもしれない大きなチャンスをです。
スマホが世に出る前のことですが、モトローラ社は早い時期にカメラ付き携帯の技術を開発していましたが、社内での評価が低かったために、他社に先を越されてしまうことになりました。
ノキアはSymbianOSで一時期は市場シェアのトップに立ちましたが、いつまでもそれに固執したせいでAndroidとiOSに市場を奪われたといわれています。
このように自社の研究開発による技術を過小評価すると儲けのチャンスを失い、過剰評価すると余計なコストを掛けることになります。
なぜ研究開発(R&D)を正しく評価できないのか?
企業はなぜ研究開発(R&D)を正しく評価できないのでしょうか?
1つの理由は経営陣にセンスがないからです。その技術が消費者にウケるかどうかが分からないのです。
市場調査の結果をアテにし過ぎているということもあります。
世に出ていない商品の調査など「あったら欲しいと思いますか?」程度のことしか分からないので必ずしも正しい評価とは言えないのですが、データとして出されるとそれを信じてしまうのです。
また技術を理解していないことも原因です。
経営陣が文系ばかりだと特にそのようなことが起こります。理系であっても畑違いの分野ではチンプンカンプンだったりします。
特に最近、開発競争が激しくなっているAI技術などでは、目に見えて分かりやすいところは評価できても、間接的に影響する細かい技術の凄さは理解できないことが多いです。
そこを押さえておけば市場で強いポジションを得られるというところまで想像できないのです。
某半導体企業の戦略を見ているとそのことが良く分かります。
日本が独自に開発していたコンピューターのオペレーティングシステム「TRONプロジェクト」も同様でした。
貿易摩擦による米国からの圧力に屈したとされていますが、日本側の担当部門に正しく評価できる人間がいれば強硬に拒絶し、今頃は日本からGAFAが生まれていたかもしれません。
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近くにいる人間の技術を好意的に評価してしまうバイアス
評価者のセンスのなさと無知さ以外にも研究開発の成果を正しく評価できない理由があります。
それはバイアスです。
どんなバイアスかというと、近くにいる人間の技術を好意的に評価してしまうというものです。
例えば、本社に隣接した開発拠点で働く社員の姿は頻繁に目にします。
それによって「あんなに頑張って開発していたのだから良いものだろう」と無意識に思ってしまうのです。
また、雑談などの非公式な場で進捗や概要を聞くこともあるかもしれません。
するとその技術を理解しやすくなります。人間の脳は処理が楽なもの(=理解しやすいもの)を好意的に見る習慣を持っていますから、これもバイアスにつながります。
反対に本社から離れた地方の開発拠点から上がってきたものはどんな風に作られたか理解しにくいので低評価してしまうのです。
人的ネットワークと開発拠点の地理的距離が研究開発の評価に影響する
評価者と開発者の距離が研究開発の評価に影響を与えるということはウォリック・ビジネス・スクールのアミット・クマールらの調査でも判明しています。
この調査では約20年分のデータを基に各企業の技術評価の妥当性を調べています。
具体的には他の技術で引用された数などを指標にその価値を算定し、その特許を更新したかどうかで判断しています。
価値のある特許を失効させたり、価値のない特許を更新していたら正しく評価できていないということです。
調査の結果、開発者が社内で強い人的ネットワークを持っている場合、その研究開発が高く評価されやすく、無価値のものでも採用される可能性が高いことが分かりました。
また、本社の近くの拠点にいる開発者の研究開発は評価されやすく、遠い拠点にいる開発者のものは低評価されやすいということも分かりました。
日頃のコミュニケーションがバイアスを生み評価を歪ませているということです。
知識やセンスのない経営陣であれば評価の軸がないので余計にこのバイアスの影響を受けると言えるでしょう。
研究開発以外でも評価のバイアスが掛かる
私は東京と北関東を拠点に仕事をしていますので、群馬や栃木にいることも多いです。
こういったエリアの工業地帯を通ると東京に本社のある企業のR&Dセンターをよく見かけます。
そんな時、「ここで開発している技術は正しく評価されているのだろうか?」と勝手に心配したりしています。
本社と離れた場所で研究開発をしている企業の経営陣は気を付けてください。
評価のバイアスがかかるのは研究開発に限ったことではありません。
人事評価においても近くにいる人ほど普段の働きぶりが見えますから良い評価をしがちです。
しかしそれによって他の社員が不公平感を持ってしまいます。
日頃からあらゆる評価にバイアスが掛かっていないか意識し冷静な目で見るようにしてください。
参考文献:Amit Kumar, Elisa Operti. (2023). Missed chances and unfulfilled hopes: Why do firms make errors in evaluating technological opportunities?