私のクライアントは中小企業が多いので、社長によって意思決定が下されるトップダウン型の組織が多いです。
とはいえ、ワンマン社長が「俺の言う通りやってれば良いんだ!」と威張り散らしているような会社はほとんどなく、「昔からそうなっているから何となく…」というところが多いです。
トップダウンで経営していくのはもう古いのではないか?と疑問や不安を抱いている社長も少なくありません。
世の中の流れも、社員全員の意見を反映させながら組織を運営するボトムアップ型が理想、といった雰囲気が醸成されています。
しかし、ボトムアップ型が全ての組織にメリットをもたらすわけではありません。
中には上位下達のトップダウン型のアプローチで経営したほうが、組織が上手く回り、利益にも出やすい業種もあります。
トップダウン型とボトムアップ型のどっちがいいかは業種によって変わるのです。
今回はそれについて説明します。
ボトムアップ型のメリットが生かせる業種
社員の意見を取り入れたり、意思決定に参加させることがボトムアップ型のアプローチです。
ボトムアップ型のメリットとしては独創性のある様々な意見が集まりやすいことや、経営者の勘違いや独善による誤った判断を避けられるということが挙げられます。
このボトムアップ型のメリットが活かせる業種は一言で表すなら、知識集約型の業種です。
知識集約型の業種とは従業員の専門知識や高度な技術、創造性が価値の源泉となる産業のことです。例えば、IT、金融サービス、医薬品、研究開発、教育などの業種が該当します。
これらの業種ではボトムアップ型のアプローチのほうがメリットが出やすいです。
その理由は以下の通りです。
- 実際に業務を行う従業員が自分の知識や経験を基に判断できるため、迅速かつ柔軟な対応が可能になり業務の効率が上がる
- 全員が意思決定に関与するため、組織内での情報共有が積極的に行われ、より効果的に協力し合える
- 少数意見や専門的な知識も組織全体に反映させやすため、問題解決や新しいアイデアの創出に役立つ多様な視点が組織の意思決定に取り入れられる
知識集約型産業では、こうした迅速な対応力や情報共有が特に重要であるため、ボトムアップ型のアプローチが生産性向上に繋がりやすいのです。
トップダウン型のメリットが生かせる業種
社長や一部の役員のみが決定を下すのがトップダウン型のアプローチです。
意思決定から実行までのスピードが早いことがメリットとして挙げられます。
トップダウン型のメリットが活かせるのは作業が定型化され、知識や専門技術への依存度が比較的低く、主に労働力や資本によって成り立つ業種です。
たとえば、製造業、農業、小売業などに該当する企業が多いです。
これらの業種でトップダウン型のメリットが出やすい理由は以下の通りです。
- 複雑な意思決定が不要な環境においては合意形成にかかる時間とエネルギーを削減したほうが生産性が高まる
- 定型化された作業においては役割分担や責任が明確になほうが従業員が業務に集中できる
- 作業がルーチン化されているため、従業員が自分で考えるゆおりも出された指示を迅速かつ的確に実行する方が効率が上がる
このように、単純作業が中心となる産業では、トップダウン型の組織形態が生産性向上や収益確保に大きく寄与するとされています。
パフォーマンスはどう違うのか?
フランスには「Worker Cooperative(労働者協同組合)」といって、従業員が株式を所有し、経営の意思決定に参加する形態の組織がけっこうあります。
言ってみたら超ボトムアップ型の企業です。
このような組織とトップダウンの組織のパフォーマンスはどう違うのか?ということを、経営学の専門家であるトレバー・ヤング=ハイマン博士らが分析しています。
その結果、以下のことが分かりました。
- 知識集約型の産業では労働者協同組合の方が生産性が高い
- 作業が定型化された産業ではトップダウン型の方が生産性が高い
- トップダウン型だった知識集約型の企業が協同組合に転換した場合、転換後に生産性が有意に上昇する
なぜこのような結果になるのかというとここまで説明した通りです。
知識集約型の産業においては民主的な意思決定や情報共有が有効である一方、作業が定型化された産業ではこれらが生産性に寄与しにくいどころか、余計なコストが発生するからです。
また、知識集約型の産業で労働者協同組合型の組織形態になっている企業では賃金格差が生じにくいことも分かっています。
これは全員が意思決定に参加することで、全員が対等であるという集団主義的な価値観が根付くためと考えられます。
☑︎従業員エンゲージメントが低いのは当たり前!高める方法はこれです
完全なトップダウンが適した会社は滅多にない
ここまでの結果を見て「うちは製造業だから、トップダウンで行くぞ!」というのは早計です。
確かに単純作業をひたすらさせるだけの企業であればトップダウンが最も効率的で、コストも抑えることができます。
しかし、今の世の中でそんな単純作業だけの会社はほとんどないと思います。仮にあったとしても早々に経営が厳しくなっているはずですから、創造的な組織に変わらなければなりません。
それに企業の収益は従業員のモチベーションに大きく左右されます。
そして従業員のモチベーションを決める要因は心理的所有権です。つまり「自分の会社」と思えるかどうかです。
心理的所有権は意思決定に参加することで高まります。
つまり、どのような業種であっても、従業員に「自分たちで決めた」という感覚を持ってもらうことが必要なのです。
そのためには、たとえトップダウンであっても、意見を聞く機会は持ったほうが良いと思います。
従業員がのほとんどが、「言われたことだけやっていたい」という考えを持ち、それが変わる可能性が限りなくゼロという会社であれば、意見を聞く時間や労力は無駄なコストになるでしょうから、完全なるトップダウンで良いと思います。
しかし、私が見てきた限り、そのような会社は滅多にありません。
どのような業種であってもほとんどの企業が、今回の説明でいうところの、知識集約型の特徴を持っていると考えたほうが良いのではないかと思います。
参考文献:Trevor Young-Hyman, Nathalie Magne, Douglas Kruse. (2023). A Real Utopia Under What Conditions? The Economic and Social Benefits of Workplace Democracy in KnowledgeIntensive Industries.